出会って2日目、初めてのプロポーズは居酒屋で②
「一緒に飲みに行かないか?」
人生で初めて、異性から飲みのお誘い。これはもしかして、恋愛に発展してしまったりするのでは…?ドキドキしながら了承の返事。
優しそうな人だったな。
もし付き合ったらランチデートとか…
甘いもの好きかな?動物は?どんどんと膨らむ妄想。昔から、妄想力は人一倍にある。
約束の日から一週間後、私は居酒屋の前にいた。真面目な私は、5分前には現地に到着。そこには、既に私を待っている彼がいた。
何か大きな紙袋を持っているが、それほど気にはならない。まあ、そんなこともあるだろう。声をかけると、嬉しそうな表情が返ってきた。
私の周りは遅刻をする人が多い。この時点で彼への印象は◎だった。
スムーズに席へ着き、飲み物を頼む。
「会社の飲み会だと、ビールとか苦いお酒も飲むんですが、本当はこういう甘いのが好きなんです」
これから長い付き合いになるかもしれない。前回の会社飲みのイメージで、どんどん酒を持ってこられては体がもたない。今のうちに事実を伝えておくべきだろう。
「酒が飲める人が良かっただろうか…」一抹の不安。まあ、これで振られるようなら、それまでのこと。傷も浅い。
「そうだったのか。自分は本当は、もっと強い酒が好き。今日は甘い好きなの飲みな。俺は、強いの飲もうかな」
あら。
予想外の反応。確かに前回の日本酒は、後々調べるとアルコール度数が低かった。
そうか。飲めない私でも、良いのか。安堵と、本当の自分が認められたようで、じんわりと嬉しさが広がる。
「あとこれ、プレゼント」
先ほどから見えていた大きな紙袋を渡される。中には高そうなチョコと紅茶缶。ちょろい私は、すぐさま心を捕まれた。
しばらくして、目の前に運ばれるグラスが2つと、軽くつまめるものの入った小鉢。
一口。
こんなに楽しいお酒を飲んだのは、いつぶりだろう。
しかしそんな穏やかな雰囲気も束の間。事態は急展開を見せる。
「で、君は彼氏いるの?」
速い。スピード感が異次元の速さ。でも自分も相手も、もう良い年齢の様子。婚活世代はこんなものなのか?
「いえ、まだそういう人はいないです」
不自然さは感じつつも、正直に答える。ちょっと速いなとは思ったけれど、まあ結果は同じなのだ。わざわざ回り道する必要もないだろう。
「じゃあ結婚しないか?」
………絶句。
私は恋愛経験が浅い。30年生きてきて、誰かと付き合ったこともない。そんな空気になったこともない。
でも分かる。
これはちょっとおかしい。都会だからとか、そういう問題じゃない。
「いや、まだ私達会って2回目なので…」
「何が不満?顔が好みじゃない?結婚したら、もう働かなくても良いよ。もちろん働きたいなら、止めない。好きなところに家を建ててあげる。俺は良い大学を出てるから頭も良いよ。実家が会社経営してるから、お金もある」
矢継ぎ早に放たれる好条件。
相手が嘘をついているとは疑わない。多分、本当に良い大学を出て、実家も金持ちで、結婚すれば働かず贅沢な暮らしを許してくれるのだろう。
ただそんな理想の彼に対して、どんどん心は離れてゆく。
もしこれが、もっとゆっくりと、段階を踏んでなら、私は目の前の男性と付き合って、結婚する未来もあったのかもしれない。
数分前まで浮かれていた心が、急に冷たくなる。冷めるとは、こういうことを言うのだろうか。
こんなに好条件だというのに。ちょっと前まで付き合う未来を描いていたのに。私の心はどうしてこうも天邪鬼なのか。
私は誘いを断った。
相手はなかなかひかなかった。
でも、私も頑なだった。
帰り、明日一緒に熱海に行かないかと誘われた。もう宿は取ってあるとも。
熱海は行ったことが無い。良いところだと聞く。憧れもある。でも、心が動かない。また、私は断った。
家に着いて、泣いた。
怖かった?
よく分からない。自分が何で泣いているのか。私は昔から、自分の感情が分からない。不便な性分なのだ。